土庄簡易裁判所 昭和41年(ろ)2号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件公訴事実中、酩酊運転の訴因は、被告人らは、それぞれ呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれのある状態で
(一) 被告人甲は判示第一(1)の日時場所で
(二) 被告人乙は判示第二の日時場所で
(三) 被告人丙は昭和四〇年一一月八日午後一一時三〇分頃香川県小豆郡内海町苗羽甲八五〇番地の九付近路上で、軽自動四輪車を運転した。
というのである。
これについて次のように判断する。
道路交通法一一七条の二第一号の罪が成立するには、まず運転者が同法六五条の規定に違反したものであることを前提としているから、血液一ミリリツトル中〇・五ミリグラムまた呼気一リツトル中〇・二五ミリグラム以上のアルコール分を保有する状態にあり、そしてそのアルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれのある状態にあることが必要であつて、この二つの要件が満たされなければならないことは同法条および同法施行令二六条の二の各規定から明らかである。≪証拠≫
……右のおそれとは正常な運転(道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るため自動車運転者に課せられている相当の注意義務を十分に守りうる身体的又は精神的状態の下に行う運転)の能力に支障を惹起する抽象的な可能性一般を指称するものではなく、個別的具体的に相当程度の蓋然性をもつものでなければならないものと解すべきである。さて、被告人らが、訴因の日時場所で、訴因の自動車を運転したことは<証拠>によつて認められ、また当時被告人らが呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していたことは、<証拠>によつて推認できる。
それ故、次に、被告人らの本件の場合に果して正常な運転ができないおそれがある状態であつたか否かを調査するに、被告人らの飲酒に関する証拠としては、<証拠>のほかにはない。これらによると、被告人らは、昭和四〇年一一月八日午後六時三〇分ごろから午後一一時三〇分ごろまでの約五時間の間小豆郡内海町苗羽甲八五四ホルモン焼「藤」こと北野満亀雄方外四箇所において、日本酒コツプ三杯(被告人甲のみ)およびビール二〇本(被告人三名が約三分の一あて)を飲んだこと、被告人らは酒に強い方で、特に被告人甲は日本酒なら一度に続けて七、八合ぐらい、ビールなら一〇本ぐらい飲まないと酔わないこと、被告人らは本件事故発生当時、酒に酔つてはいたが、その程度は俗にいうほろ酔いの状態であつたことなどの各事実が認められ、また事故発生当時、呼気一リツトルにつき被告人甲は一・〇〇ミリグラム前後の、被告人乙は〇・五〇ミリグラム前後の、被告人丙は一・〇〇ミリグラム前後のアルコールを身体に各保有していたこと、および右鑑定書記載のような外観的状況のあつたことが推認される。
そこで、これら飲酒に要した時間、被告人らの平素の飲酒量、および外観的状況などに被告人らの弁解するところを合わせ考えると、右のように飲酒したということ、ならびに、身体に〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有していたということだけでは、直ちに、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態にあつたというわけにはいかない。
被告人甲については、結果的には判示第一(1)のように正常の運転ができなかつたのであるが、これは同被告人も当公判廷で供述しているように、自動車の運転経験は、自動車練習所で一、二回しか運転したことがなかつたのであるから、運転経験のとぼしかつたための結果と思料するのが妥当であつて、酒に酔つていたため自動車の操縦を誤つたものと即断することはできない。もつとも、同被告人は検面調書で「酒に酔つていたので、気が大きくなつたため、運転してみる気になつた」と供述しているが、このことは道路交通法一一七条の二第一号にいわゆる「酒に酔い」運転以前の問題である。すなわち、同被告人が酒に酔つていた(前記認定のように、ほろ酔いの状態にあつた)ので運転してみる気になつたことが一方では、同被告人の運転抑止義務発生の原因となつており、他方では、同被告人の運転抑止義務懈怠(重過失)の契機となつているとしても、それは運転以前の問題であり、同被告人がかかる事情の下、前記自動車を運転したことから直ちに道路交通法一一七条の二第一号のいう「酒に酔い」運転したとは言えない。換言すれば、同被告人は前記のように、自動四輪車の運転経験にとぼしいのであるから、それだけで正常な運転ができないおそれがある状態にあつたと言えるのであつて、同被告人の身体に保有するアルコールの影響と正常な運転のできないおそれのある状態との間に因果関係があつたと、にわかに断定することはできない。
要するに、被告人らについて、本件当時道路交通法一一七条の二第一号のいう「酒に酔い」(アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれ―個別的具体的蓋然性―がある)の状態にあつたものと認めるに足りる証拠はない。結局右の訴因については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条に従つて、この点については無罪の言渡をする。(山中順雅)